がれき焼却処理の危険性と不安

                               事務局:佐 藤 禮 子(73)


 ここに来て がれきの焼却処理を全国的に協力するよう政府は躍起になっている。

 現地に行けず、インターネット情報に乏しい市民にはテレビ画面からの情報が全てという世代も大勢いる。がれきが目の前からなくなれば いかにも復興が進んだように見えるし、被害者の片づけて欲しい気持ちも理解できる。全国民が痛み分けをするのが人情で、内心危険だと思いつつも 反対をしたら地域のお偉方男性から睨まれるのではと口をつぐんでいる女性が周囲に大勢いるのも現実である。

 「黙っている事は賛成したことになるのよ」と国策の戦争に非国民と言われることを恐れて協力した先輩に厳しく教育された私は、戦後 ようやく男女共同参画の建前で市民権を獲得し 今 中堅を担っている世代を高度経済成長に浮かれつつ育てて来た。その結果が今回の想定外の事態の社会を生み出してしまったのだ。だからこそ、この先の世代に対し我々は 一億総ざんげの上、初体験の放射性廃棄物の焼却で また想定外の被害を残してはならない。

 遠くから がれきを運び、全国民の十分の一が暮らす東京はじめ 全国各地の産廃炉も含む焼却炉から 微量とはいえ放射性物質を広く 薄く 大気 土壌 水に拡散放出した結果、最後は全国民の日々の食品汚染が問題になるという取り返しのつかない事態が心配なのだ。限られた測定物質の焼却結果の数値から微量とはいえ有害物質は既に出ている。出し続けたらもとに戻らない。不安は拭えない。「安全性に問題ない、安心です」と誰が言えるのか。雇用や住宅など最優先課題は他に有るのではないか。がれきの処理は慎重に叡智を結集する必要性を痛感する。

 

 時間と共に次世代を含む全国民の内部を被爆し、免疫力が下がり 体力、気力 思考能力にまで影響したら・・。25年経過したチェルノブイリの情報からも予想が出来るが、予防原則にしか希望を託せない。

 現在の放射性廃棄物焼却の一連の動きには、民主的合意の手続きもないまま トップダウンの政治の横暴、その背後には がれき焼却に纏わるハイエナ集団の動きが見え隠れしている。

 科学・技術で抑え込むことには限界がある。火を扱う能力を獲得した人類(man)は自然界に対しての責任を自覚し、傲慢に振る舞う事は 自らの幸せの足もとを危うくすることだ と気付いてほしい。

 若いお母さんたちの悲痛な叫び、日々の不安を前に老女は一文を書いた。 

 

 

                                     脱稿日3月17日